柏木源藤

『一撃』
柏木源藤(かしわぎげんとう)
生誕 1579年
死没 不明

この作品は、関ケ原の合戦で当時22歳だった柏木が、捨て奸で座禅陣を組み、徳川四天王、井伊直政、本多忠勝率いる騎馬隊を待ち伏せ、火蓋を切り、今まさに引き金に指をかける直前の緊張の一瞬を再現しています。井伊直政を撃ち抜く功名を上げながら、自分の主人を川上シロンペロンと言ってしまう柏木源藤に緊張の中にも親しみを感じながら制作にあたりました。

柏木源藤の装備 甲冑・火縄銃 の解説

種子島(火縄銃) 薩摩筒
鹿児島に現存する柏木源藤が関ケ原で井伊直政を撃ったと伝わる種子島(火縄銃)を基に再現しました。後に他国(薩摩以外)から薩摩筒と呼ばれる、その特徴を以下にまとめます。
・他国のものと比べ口径が大きいので弾も大きく威力があり、銃床(木の部分)も大きい。
・他国は引き金をはじき金(板バネ)で調整するものが多いがゼンマイ式のバネで銃床(木)に内蔵されているので一見非常にシンプルに見える(バネは真鍮製)
・火ばさみ、火蓋、火皿、引き金、地板等の金属部分の多くが鉄で作られているものが多い。(一般的には錆防止の為か真鍮金具が多い)今回は全部鉄で作ると、面白味が無かったので火ばさみ、地板は鉄、火蓋、火皿、引き金は真鍮で制作しました。
・目釘が無く胴金のみで銃身と銃床を固定している。
・銃床は他国(薩摩以外)では刀の鞘に使われる朴(ほう)の木が一般的だが、薩摩筒は南国に見られるイチジク科のアコウの木や柿の木等が使用されていた。(今回制作にはカツラの木を使用)

胴 紺糸威桶側二枚胴
といわれるもので、鉄の横板をつなぎ合わせる製作法は量産しやすく、安土桃山期から江戸期にかけて一番量産された胴ですが、鉄砲を撃つため胸、脇を濃紺糸で威し稼働しやすい胸取の鎧にしました。又胸脇板のみをたたき塗として兜に合わせアクセントを加えています。

口火火薬入れ 薩摩独り開き(ひとりあき)
源藤が首から下げているひょうたん型の木の小さな水筒のようなものは口火火薬入れと言われ、火縄銃の右にある火皿と言われるものに詰める発火性に高い火薬が入っています。火縄銃から弾が出る原理は、火縄→火蓋を切って引き金を引くと火縄が火皿に落ちる→火皿の口火火薬に点火→火皿の火が銃身に開いた小さな横穴を伝わり銃身の中に込めた火薬が爆発して弾が出る仕組みです。戦いの火蓋がきられると言う言葉は、火皿の安全装置である火蓋を外し引き金を引けば直ぐに弾が出る状態を言います。
薩摩独り開きとは ワンタッチで真ん中の真鍮金具を押すと蓋が開き、片手で素早く口火火薬を火皿に装てん出来きる薩摩で広まったカラクリです。

胴乱(どうらん)
柏木源藤が右腰に付けている革製等の箱で、銃身に込める黒色火薬や鉛弾が入っています。この蓋もワンタッチで片手で開閉する事が出来ます。